ajunkichveのブログ

◇◆◇◆アラフィフ備忘録◆◇◆◇【回想録】

お内裏様とお雛様

今週のお題「雛祭り」

小さい時から、お雛様は欲しくて仕方なかったのですが

「来年な~」とずっと、おあずけで
牛乳ビンで出来たお雛様や折り紙で出来たお雛様を飾って、
飾った時以外は見向きもせずに過ごしてきました(笑)

でも、娘には
お内裏様とお雛様の2体だけ買いました。

毎年、春になると出して片付けて10年以上経ちました。

娘は、お人形の長い髪の毛をくくったり、
編んだりするのが好きで、金髪のお人形の長い髪の毛を
最後はカットして……
気がついたらショートカットのお人形に
変わっていたことがありました。

小学校へ行くくらいまでは、少しヒヤヒヤしました。

さすがに、貴重に扱うお雛様は、触られずに済みました。

でも私
髪をほぐして、霧吹きして密編みにして
ドライヤーをかけてほどいてロングソバージュのお雛様

眉を書きかえて、服を着替えたら
何だかかっこよく決まりそうな気がするんです(笑)

私に、お雛様を買わなかった家族に乾杯(笑)

今年も春が来ましたが、中2息子は、まだ冬眠から
覚める兆しが見えるか見えないかくらいです。

変化を直ぐに目の当たりにできる
諸行無常チロルチョコのお雛様に励まされます。

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チロルチョコのお雛様

先日
お見合いに同席して……と言っても堅苦しくなくて

私を含めて3人でお茶を一杯飲みながら、
話してきました。

〈すごく乗り気だった……電話で話した両方のお母さん〉

38才男性と35才前の女性、
本人達は、冷静で落ち着いたものでした。

それぞれに、これまでに出会いが有ったか
無かったかは、わかりませんが

『少しでも何か、トキメキでも無いと、これから先も
休日に時間をさいて会ったり出来ないかも?』
と思えました。


私は37才で結婚しましたが
結婚するまでに数名から
「自分の幸せも考えないと…」と
言われたことがありました。

その人達が言うその言葉は

同居している家族の先のことは心配せずに
まず、自分の幸せを…。
という意味だと受け止めていましたが。

私は同居していた祖父母、父母4人の先(もっと老後)を
心配していたのでは無くて
同居している全員のそれぞれの役割と
微妙な関係(夫婦間、嫁姑など)が有って
そこから私が抜けると、
何だかもっと大変になる場合がある
と思っていたからです。

例えば
サザエさんは独身で家族は
波平、フネ、波平さんのお母さんが一緒に住んでいるとします。

波平さんは杖をついていて、波平さんのお母さんは
寝たきりになっている場合。

サザエさんは働いて帰ってきます。
ふねさんは、波平さんの通院に付き添ったり
毎日ご飯を作って波平さんのお母さんに食べさせる。

波平さんは亭主関白で、フネさんは波平さんのお母さんに
昔から、多少気を使って生きて来ている場合。

既に、目の下にクマを作っていたフネさん。

娘のサザエさんをそこから抜くと、フネさん
死んじゃいそうなんです。

サザエさんが嫁に行って、
もし1番にフネさんが亡くなった場合
サザエさんは、それはもう
めちゃくちゃ忙しいと思うのです(笑)

家族の先ではなく《自分の未来》を考えていたと思います。

なので
『自分の幸せを考えるとはどういうことなのか?』と。

人の家の中の微妙な人間関係はわからないですね。


3人でお茶をして話しながら
冷静そうな2人は
既に、しっかりと自分を含む家族のことも視野に入ってそう
でした。

しあわせな未来が待ってると良いです。

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どう歩く?

山に住んでいた幼少期の冬の朝、
玄関の扉を開けると銀世界、朝までに降った雪の地面に
自由に足跡がつけられる。

近くの山と、もっと近くの木々に
朝陽が当たって本当に美しかったのです。

誰も踏んでいないところを歩くのは本当に楽しかった。
くねくね歩いて、一ヶ所を踏み固めてみたりして又進む
弧(円いターン)を書いて、来た方に戻って
また、弧を書いて歩く。

雪の中で振り返ると、曲がっていても交差していても
たどると
《道は1本しかついていなかったの》

進む先は、360度選べるのだけど、
自分がつけた道は、1本だったのです。

人生を振り返っても
同じだと思うのです。

家族がいると2人か3人か…6人…かで一緒に歩んでいるように
感じますが……歩んでもいますが。

基本、瞬間、瞬間の自分のおもいは、自分しかわかりませんね。
だから、
《自分の思いでつける道は1本》だと思うのです。

そのうち、雪の足跡は消えます。

でも、あの時の自分のワクワクした気持ちや、
雪の匂いは残っています。

そして、くねくねした1本の足跡も確認しました。

あの時をありがとうございます。


昨年秋、母の友人に、
「うちの38才の息子にお嫁さんいませんか」といわれ、
息子さんを見たこと無いのに、
思い浮かんだ娘さんがいて
でも、
娘さんも小学校の時から見たことなくて
その娘さんのお母さんに伝えてみたら会うことになって
人生初、お見合いに同席することになりました。

その時は特に
回想、妄想、空想を消して(笑)
2人の気持ちに焦点を当てて、気持ちを汲み取れたら……
と思います。

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アンナ マリア

今週のお題「告白します」

午後の紅茶」の貴婦人アンナ マリア
イギリスでアフタヌーンティー
広がる発端になった人。

ランチからディナーまでの時間が長くて、
小腹を満たす為に始めたと書かれていました。
そしてそれは
たくさんの人を、もてなすことになったそうです。

《想像》
お城の、大きな窓から、ゆったりと景色をみながら
綺麗なティーカップに紅茶を入れて
静かに語らいながら
優雅にお茶を楽しんでいたのかなぁ~

そういう景色からは《古き良き時代》
という言葉も浮かびます。

古き良き時代とは
人によって年代は違うけれど、
誰もが一度は味わう最高の思い出とあります。


私の現実は
窓から見える景色も想像とは全く違うけれど

子どもに「お茶しよ~」と声をかけてみる。

子どもと家に居る時間が多い。
でも
ご飯やおやつを一緒に食べて
何もかも話してくれる時は、とうに過ぎた。

思春期はこと細かく話さない。

。。だから、聴いてみよう。。。

1人の人間として、冷静にながめてみる。
……それはもちろん
まじまじと見ることではなく。

普段の生活で先生や友達などと、
どんな言葉と行動でやり取りしているのか。

私と子どもとが一緒に会う時の、
先生や友達との会話や態度はわかる。
でも他は分からない。

~ ひとりで、お菓子とお茶を飲んでいると ~
娘がやってきた

小6娘が○○くんから
「告白された」と言った。
(びっくり)お茶がちょっと鼻に入った感じ。

私の妄想か空想はその時に一旦、全て消去されてしまった。

私「誰に~」
娘「同級生の男の子」
私「どうしたん?」
娘「○○くんが、好きとか嫌いではなく、今は誰とも
お付き合いをする気はないからとお返事した」 らしい。
私「良いお返事だったんじゃない?」
娘「うん、その子と手つないだり…そういうこと
したくないし、、」

そ、そ、そういうこと!?

私「そうだね~ちょ~っと、ね~」( ̄▽ ̄;)(-_-;)

思いきって
私「……そういうことができたら付き合うの?」
娘「年齢とか、いろいろ考えても無理かなぁ」

また、問い合かけてみた
私「思春期についてどう思う?」
娘「そやなぁ…例えば、
コーヒー飲める?ときかれて、
自分はコーヒーも飲めないくらい子どもだと思われているのか
と思うけど、
牛乳入れないと飲めないから子どもだけど
大人になってきてるのも分かって欲しいんよなぁ」
と言いました。

子どもが言ったまま書きました。

まぁ、大人でも牛乳を入れた方が飲みやすい人は
たくさんいると思いますが。

思春期は
大人になったと思っているのか
思いたいのか……。?


今の私は
昔は好きではなかった【アルプスの少女ハイジ】の
ロッテンマイヤーさんの言葉
例えば
ハイジが食事中に白いパンをポケットに入れるのを

「まぁ、なんてお行儀のわるい子」
と言われた言葉は、ハイジの
『おばあさんに持って帰りたい』という気持ちは
無視されていますが

『そ~なのよ。その通りなのよ~』
と思えるようにもなっている。

(セバスチャンは気持ち優先でした)

だから
子どもと話すときは
できるだけ同じ目線で、
聴くように心がけたいとは思うのですが…。

子どもの気持ちに沿ったアドバイスをするかどうかは
別になっています。

ほとんどのお茶の時間は、1人で無い景色を想像しながら
ボ~っとしているのですが、とりあえず、娘から
こういう話をきける日が有って良かったです。

そういえば
想像の景色の中の庭に誰かが手をつないで歩く姿は
ありませんでした(笑)

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ぶらりドライブ

昨日は、雪景色に会いに出かけてみました。正面は永源寺(お寺)の入り口

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赤い橋を渡ってから左折して道なりに行くと

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永源寺ダム。近くに粉砂糖を振りかけたような山

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 ここで来た道を戻る。途中、右手に永源寺のお寺の屋根が見えました。

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 永源寺ダムの水が流れる川沿いを行く。

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 堤防の川の反対側、向こうの山は鈴鹿山脈の一部。

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 307号線に出たからマーガレットステーションによるとキャベツで出来たお雛様

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食べ頃のイチゴがぶら下がってるーっ

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 そして

今日は、家族と暖炉のあるお蕎麦屋さんへ行きました。入ると

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こんな感じ。
〈蕎麦〉と〈蕎麦がき〉を注文しました。

蕎麦がきは、もちもちしていました。蕎麦湯でお腹がいっぱいになるくらい濃かったです。

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あたたかい暖炉でした。

昨年からの変化も気にして眺めていたのですが、

外から見たところでの変化は

道の途中で撮り損ねた総理大臣の看板くらいでした(笑)

晴れていくといいなぁ

お題「#この1年の変化」

昨年11月末に始めたブログ。
自分の〈不登校中の回想録〉に違和感を感じて
不登校を消しました。

この大変な時に頑張って下さる方々、
相当な思いをされている人には申し訳ないのですが

この1年の私は大変〈楽〉(らく)でした。

もともと、不登校自体は疲弊する程
気にしていなかった気がします。

不登校で何が疲れるかというと…

結婚して違う土地に住んで、
自分の子どもが参加しない地域の祭りや運動会等、
子ども会が関わる行事に参加すること。

子ども会の清掃活動で、親だけ参加して
子どもだけに貰える
お礼のお菓子を貰うのも気がひけた。

そして学校の役員
主人が当たったからしてくれた。役は、くじ引きで広報。
学校の広報誌に載せる写真を撮る。
幸い、その年の運動会、音楽会は子どもも参加したので、
良かったです。
くじ引きの時に
主人は、会長が当たったらどうしようかと少しドキドキ
したそうです。当たったら
卒業式のPTA会長のお話では
「……校長先生をはじめとする先生方6年間お世話になり……」と
やっぱり言わねばなるまい(笑)

……教室に行かないだけで、
先生にお世話になってないことはないですね。

また
息子と娘がいない集団登校に朝集合して
黄色い旗を持って後ろからついて行くこと。
校門まで片道20分程、帰りは1人で歩いて帰る。
帰ると家に子どもが居る。

もうひとつ、これも年に1~2回ですが
交通立ち番。並んで通学してくる各集団に

息子と娘が『起きて、朝ごはんを食べてるのか…?』と
思いながら、みんなに笑顔で
「おはよう。行ってらっしゃい」と声をかける。
800~900人の生徒数なので、割りと集団の数もあった。

そして家に帰ると子どもは居る。

そうなると、お昼ご飯を作るのも、成長期なので気を使う。
1人なら適当に済ませていたと思うけれど、
献立と同じような根菜やフルーツも入れてみたりした。

更に担任の先生が、ある時から
「3日に1回家庭訪問で、
顔を確認するという決まりがあるんです」と言って
度々来てくださる。
子どもが、玄関を開けない場合があるから
その時間に家に居なければならない。
先生とすれ違いを避ける為に、ちょっと行く買い物の
時間も考えなければならない。

という訳で
家に居る子どもを時々気にしながら参加する活動は
子どもの相手だけをしている時より、
疲れるし気を使う。

ボランティアだと思うようにして参加していましたが
自らすすんで参加するボランティアとは、
気持ちはかなり違います。

学校や子ども会の行事が無くなったり、時間短縮されたことは
マスクを付ける前までの何気ない雑談で、
学校や子どものことを話す輪の中に入ることにストレスを
感じるようになっていたから、それが無くなり、有っても
離れて挨拶程度になったことで、かなり気持ちが楽に過ごせた。

1月にあった子ども会の清掃活動に
学校には行ってない娘が参加して、それで子ども会の活動は終了。
みんなとマスクでバイバイと手を振って別れた。
あとは卒業式。

そして
バレンタインデーの日は、娘の中学校の制服合わせでした。
「目標通う」と言ってくれたので良かったです(笑)

だから
。。本当に気持ちが楽な1年だったんですぅ。。。

さて、
中2兄ちゃん、
細いけれど、お父さんと同じ身長で172センチにはなった。
遠い未来、あの腹回りになるかと思えば、細さは気にならない。

昼間から台所のコタツで寝ていることも多い。
狭い台所に頭と足が出たコタツ亀がいます。
足を踏みそうになります。

「~へ釣りに行きたい」とか
猛禽類が撮りたい」とか言ってますが……。

家で、鉛筆を持たなかった息子が、
毎日気が向く教科1~2ページだけやっているようです。
はい、勉強時間5分です。
中学校で、現実的なお話をきいて、変化してきたのだと
思います。
4月から中3になります。
太い声になって、おっさん化は順調に進む中
これからの1年で、どう変化していくのでしょうか(笑)

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チョコ

今週のお題「チョコレート」

子どもが生まれるまでは    
家でお菓子を食べる習慣はなかった。

子どもが、幼稚園に行きだしてお友達と遊ぶように
なってから、家にお菓子を常備するようになった。

しつこくガミガミ言いそうになった時
一欠片のチョコを口に入れて
コーヒーを飲む。

気分転換にチョコレート。

子どもが寝てから、1人の落ち着ける時間にも
チョコレート他甘いもの。

チョコは赤のガーナミルクチョコがいちばん好きです。

……実家にいた頃、私のお父さんが
お菓子を食べているところは、数える程しか見たことがない。
だからチョコレートを食べている姿を見たのも1…2度くらい。

歯医者に行ったのも定年してから一度だけだったはず。
それも虫歯じゃないことで。

その代わりにお酒が好きでした。
毎晩、コップで晩酌は当たり前。

多い時は一升瓶、下に数センチ残す程飲んで
後は「ぐわ~ぐわ~」とイビキをかいて寝ていた。

……酒でも飲まないとやってられないこと
でも有ったのかな?(笑)
ちなみに
祖父は、おちょこに数杯を毎晩。90才まで生きた。

《楽しむ酒、やけ酒、……発散にも必要だったのかな…?》

法事の時は、お父さんの従兄弟等が一緒に飲むから
全盛期
お母さんは一斗(一升×10)注文していた。

《さかづきが飛び交い、どんちゃん騒ぎの酒》

酒は奥の深い飲み物ですか(笑)

私のお酒はというと、若い時は会社の付き合いで、
外では飲んだことも有ったけれど
家では、飲んだことがない。
私が家で飲むと、酒ゲル係数(エンゲル係数より)が
更に上がるのと、家で大の字で寝る人を増やすのは
避けたかった。

今も飲まない。

だからなのかな…?
甘いものにはいろいろな場面で助けてもらっているように思う。
特に一欠片のチョコレートは気分を変えるということから
《人生を変えてもらった》と言っても良いかもしれない。

『イライラしながら、あのまま突き進んでいたら
どういう影響が出ていただろう』と思う場面がある。

《あの良くない一言を避けられた》
日常の些細なことなのだけれど、今もある。

人間関係や家族関係をスムーズに
おくるためにチョコ様をはじめとするお菓子様と
一杯のコーヒー殿は、私の口をふさいで、
違う妄想で助けて下さいました。

些細なことではなかったが
中2息子が小学3年生の時に、
「学校に行けと言うなら教室から飛び降りる」
とまで言った。

『そんなに行きたくないのか』と思った。

私「はいはい、家に居て、学校なんて行かなくて良いから」
と息子には言ってしまったけれど……。

落ち着いた時に、
なぐさめるにしても…元気づけるにしても…
『やっぱり学校は行った方が良いんじゃないか』と

静かに言うのもこわいし。

余計な言葉を言ってしまわない為にコーヒープラス時々チョコ。

息子のことでは毎日、または数日に1回、
先生から電話がかかるから、息子の居ない部屋でそのまま伝えた。
そして
「もし、うちの息子が学校に行った時には、
窓の下にトランポリンをお願いします」と付け加えもした。

先生からの電話等は、かなり減って楽になった。

話しがチョコレートから、逸れ気味ですが(笑)

甘いものは、人を幸せにしてくれますね。

遠い国から来て、たくさんの人の手を経て
やってくるカカオ様。
ありがとうございます。

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